大人こそ子供に戻って解放されることも大事である、と宣言したい。多分多くの人が思っているし叶えている人もたくさんいるだろうけれど、無理に大人を演じることって本当に使える。頑張りすぎていて疲れていて、そして、とっても傷ついている私たちには必要なことではないか、ここ最近いつも思っている。
というのも8月に甥っ子たちが遊びに来てからの三週間、有給も使いながら遊びに遊んだ。夏休みといえばなことは全て行ったと思う。唯一内陸地なので海には行けなかったが、プールや水遊びまで楽しめたのは自分でも驚いた。子供が近くにいるだけでここまで心が子供に戻り楽しめるのか、というのは毎年のことながら驚かされる。
私はいまだに大人と子供の境界線がよくわからない。正直今の学生たちより私は子供だと思って生きている。自分の好きなことしかしたくないし、できることしかできない。それ以上を求められるような生活は私には合っていない。いつでも自由でいたい、という気持ちも持っている。
益田ミリさんの漫画「マリコ、うまくいくよ」にて「会社での人を演じているみたい」というシーンがある。これは本当にそうで、誰しもが「会社の(仕事中の)自分」を演じている。時々それにすごく疲れる。だいたい仕事が憂鬱なのは違う自分になってさらに拘束時間があることがしんどい。外国の映画を見ていると軽く仕事を休んだり休憩を取ったりしている姿を見ると、とてもとても羨ましくなる(ここにも嘘が含まれている可能性があることは十二分に理解している)。
とにかく、毎日お疲れ様です。時々はシャボン玉したりして遊ぼうよ、と言いたい。シャボン玉とても楽しい。風に吹かれてふわふわ飛んでいく姿が可愛い。お日様が当たるとキラキラするのも可愛い。私は今日毎週シャボン玉しようと決めた。今日は思い切って責任は自分が取る!と寝室にシャボン玉を吹いた。自分好みの部屋にふわふわと舞うシャボン玉が可愛かった。ただそれだけなのに、特別な時間のように感じた。

そんな日の小さな言葉。にしてもこのサイト、どこにも熟考の末の言葉がなくてサブタイトルを消そうか考えている。さて、明日もよき日になりますよう。
