言葉のスイッチ

こんばんは。最近少しずつまた言葉も心の中から紡ぐことができている。そのくらい心が落ち着いている状態なんだ、と自分で自分を観察しています。にしても自分嫌いなのに自分を分析するのが好きなのは、意味がわからない。

この間は数少ないお友達の中でも毎月会っている優しいお友達との楽しみな時間だった。情報交換やなぜか嫌いな映画の話をしたり。そして何より研究に従事している彼女の知識が基づいた言葉に学んだり笑ったり、いつも本当にありがとう。

そういう日にいろいろな予定を入れてしまうのだが、メンタルクリニックも行ってきた。先日起きてしまった感情の爆発について相談した。自分の中で、その爆発を一番上手に表現していると思うのは、ハリー・ポッターのファンタスティック・ビーストに出てくる、クリーデンスである。

出自が不明な彼は自分の生まれた理由や親を知りたいという心の希望、そして養子として迎えられた家での養母からのいじめなど、暗い過去を持っている人物であり、心の弱さやそれの恐ろしい爆発を表現している。彼の心が爆発する瞬間は自分を見ているようだと最初から思っていた。どうしてここまで落ち込むのだろう?どうして普通に言葉が出てこなく、頭の中が真っ白になるのか・・?不思議でならないが止められないという不思議な感覚。。

いわゆる「大人な対応」ができる人たちはここがきちんとコントロールできるのだろう。私はそこが全くできず、今そこを気にするべきだろうか?という部分をひたすらに気にしてしまう。今まで過ごしてきた時間や経験がきっとそうしているんだろう、と思うけれど、みんなに言われる「あんまり気にしなくていいよ」を本当の意味で心の中の女の子の私に声がけしている。果てしなく面倒臭いが、仕方がない。

そんなことをぐるぐると考えながら待ち合わせの時間までスタバでスープを飲んだ。コーヒーも甘いものも飲みたくない気分の時に飲めるめちゃくちゃ美味しいスープ。こういうのもっと出せよ、、と偉そうなおじさんのような私も出てきて、うまー!と喜んでいた。

私は心を許している人にはなんでも話せる(逆に全く心を私が許していない人には何の情報も与えない)ので、10年以上通っているメンタルクリニックの先生には色々なことを話している。私が上記で紹介したクリーデンスのようになってしまうのは本当に小さな「拒絶」にある。

あ、今拒絶された、と私が感じたら、そこで世界がガラガラと壊れ始め何も考えられなくなる。今までもずっとそんな感じで爆発して生きてきている。爆発するのは本当に面倒臭い。そのあとで周りの人も「なんだこのメンヘラ・・」って思ってしまう気がするし(知らんけど)、気を遣わせるだろうと思う(再び知らんけど)。自分のことで精一杯すぎて、気も使えない私はここにいたらダメなんだ、ととにかく暗い方向に思い込んで真っ暗になってしまう。

面倒くさい。本当に。自分のこんな面倒なところを少しずつ変えたいと日々思っている。

そんな話を先生にしたところ、誰にでもそんな起爆剤となる言葉があるよ、と。確かに。私は自分が感じた拒絶、そこからの過剰反応。言葉だけではなく私のようにきっかけであることも多いだろう。持っているからこそ、相手には敬意を持って言葉を渡すべきだし、できる限り態度も気をつけていきたい、と思う。そして私はそのスイッチをたくさんたくさん持っている。それが理解できただけでも、今回の爆発はまぁ、よかったか。

そのあとはお友達と最近お家で一緒に暮らすようになった可愛いお友達たちのお話をした。うちの先輩猫は優しすぎて、チビ猫たちに寝床を譲っている。どんだけ優しいの、君たち?いっぱい甘えてね。そしてみんながそのうち仲良くなって優しく過ごせる時間が来ることを楽しみにしているよ。

お友達と一緒に歩いたお菓子屋さんのデパ地下、もはやクリスマス一色で、癒された。ちょっと高かったけどシュトーレンを買ったよ。クリスマスに向けて少しずつ食べるの楽しみだな。今年は母の大事な時間も待っているし、楽しみが多いクリスマスになりそう。今日はこんな言葉を残します。

何より忍ミュ遠征のうちわ作りをしなきゃ。なくても良いんだけど、せっかくだから作ってみようかな。どんなうちわにしようかねぇ..(推し活初心者)